レイキのキホン

レイキヒーリングの歴史ー日本で生まれたってホント?

こんにちは!ひいろです。

体内のバランスを正常に戻し、人間が本来持っている力を引き出すレイキヒーリング。

英語で「治癒・癒やし」をあらわす“ヒーリング”という言葉が使われているので、海外から来たモノなのかな?と思いますよね。

でも実はレイキって、日本人が広めたものなんです。

今回はそんなレイキが「いつ」「誰の手で」「どのように」広まっていったのかについて、ご紹介します。

よかったら読んでみてくださいね🎵

日本に古くからあった「手当て療法」

日本は古くから、患部に手を当てて癒やしていく「手当て療法」がさかんな国でした。

「不調部分に手を当てると症状が和らぎ、同時にメンタルも安定していく」

このことを、肌感覚として知っていたんでしょうね。

特に江戸時代以前の庶民の間では、よくこの「手当て」が使われていたようです。

 

当時の日本人は、よほどの重病でもない限り医者にかかることはありませんでした。

そのため「いつでも」「無料で」使える手当てなどを使って、少しでも症状を改善しようとしていたんですね。

日本では着物しかり排せつ物しかり、自然にあるものを「無駄なく」循環させ生活に役立てるという考えが根付いています。

手当ても“自然にあり、自由に使えるもの”と考えられていたようです。

 

使い方や伝授方法が体系化されたのは大正時代

そんな風に多くの人が「なんとなく」使っていたレイキですが、大正時代に入ると1人の人物の手で療法として確立されました。

その人物の名は、臼井甕男(うすいみかお)氏。

 

 

 

 

 

wikipediaより

現在のレイキヒーリングの原型はこの人によって作られました。

 

 

生命の本質と生命エネルギーの活用方法を求めていた臼井氏は、鞍馬山で21日間の断食修行を行った際、天から啓示を受けます。

そして自分とレイキエネルギーを同調させることに成功。

それ以後臼井氏が手を触れると、周囲の人々に奇跡的な癒やしが起こり始めました。

 

臼井氏はそのエネルギーを「レイキ(靈氣)」と名付け、大正11年に学会を設立。

彼自身は4年後に亡くなってしまいますが、その間に21名の弟子を育てました。

ひいろ
ひいろ
学会設立の翌年には未曽有の大災害“関東大震災“が起こりますが、ケガに対する治癒効果の高さから入門する人は一気に増えたそうです。

当時は臼井氏以外にも多くの手当療法者が現れました。

一時は約100万人もの人がレイキに携わっていたといいます。

 

その後ハワイ経由で世界中に広まる

臼井氏が指導を行った弟子の1人に、林忠次郎 という人がいました。

もと海軍の大佐だった彼は、臼井氏が亡くなる直前にレイキの伝授を受けます。

そして東京・信濃町でレイキクリニックを運営していました。

その際に、レイキを世界中に広めるきっかけとなる女性 ハワヨ・タカタ氏に出会うことになります。

 

1935年、日系アメリカ人のタカタ氏は重い病気を患っており余命いくばくもない状態。

当時両親の祖国である日本で療養を行っており、外科手術を行うことになっていました。

けれども手術前に突然、「手術は必要ない」という声がきこえ、手術を思いとどまることに。

その際に外科医師から林氏を紹介され、8か月のレイキ治療を受けることになりました。

すると心臓・胃・胆のうにまで広がっていた病が奇跡的に回復。

感銘を受けた彼女はマスターの伝授を受けることを決意します。

そしてハワイに戻って治療を始め、亡くなるまでに22名のレイキティーチャーを養成しました。

 

ひいろ
ひいろ
この22名がハワイ→アメリカ本土→カナダ→ヨーロッパ という風にレイキを世界中に広めていくことになります。

 

現在世界にはおよそ800万人ものティーチャー、施術者が存在します。

その効果は各国で高く評価されており、国によってはレイキ施術に保険が適用されているところも。

2001年にはイギリスの辞書に、日本語由来の英語として「Ramen」「Bento」「Gaijin」などとともに「Reiki」も加えられています。

 

現在日本で最も人気があるのは、外国経由で伝わった「Reiki」

ひいろ
ひいろ
このように世界中で知られるようになったレイキ。でも残念ながら本国である日本では、すたれてしまうことになりました…。

それはなぜか。

日本では戦後「医師法」「薬事法」といった法律ができ、治療目的でレイキを行うことができなくなってしまったからです。

(そのため現在レイキは「病気の治療」目的で施術を行うことはできません)

 

また戦後のGHQ占領政策の影響で、「科学的な根拠のない治療」は軽んじられる風潮が作られていきました。

じょじょに西洋医学が日本の医学の中心となり、レイキを含め日本にあったさまざまな民間療法は衰退していきます。

 

一方海外に渡ったレイキはさまざまな改良が加えられ、多くの国で受け入れられていきました。

そんなレイキに再びスポットライトが当たるのは1980年代。

アメリカのレイキに関する書籍を、日本人が翻訳して出版します。

「逆輸入」という形で、再びレイキが日本にやって来ることになるのです。

 

 

当時、日本国内ではわずかに臼井氏の時代のレイキが生き残ってはいたものの…。

外国経由で日本に戻って来た「Reiki」は当時日本にあった「癒やしブーム」の流れに乗り、またたく間に広まっていきました。

そういった経緯から、現在日本で行われている臼井式レイキの約99%は、この「Reiki」になっています。

 

このReikiと日本伝統のレイキ、出発点は同じですが実は目指す地点は違っています。

「Reiki」は心身を健康に保つことを主軸に置くヒーリング方法。

一方「伝統式レイキ」と呼ばれる日本産のレイキは、自己実現や悟り・日々の鍛錬を重視しているようです。

(このあたりがいかにも“日本生まれ”という感じですね)

ひいろ
ひいろ
私が受講しているAuraレイキは西洋レイキです。そのためヒーリング施術を重視してはいるものの、同時に「日々の鍛錬も大事だよ!」と教えられます。

…やっぱり受ける流派によって考え方や目指す地点は違うってことですね。レイキを習う際には自分の目的に合ったスクールを選ぶことが大切だと思います。

まとめ

ここではレイキヒーリングの歴史について紹介しました。

  • 日本では古くから「手当て療法」が使われていた
  • それを体系化したのが臼井甕男氏
  • 日本では戦後レイキの人気は低迷したが、ハワイ経由で世界中に広まる
  • 日本へは1980年代に逆輸入という形で伝わる
  • 現在日本で主流となっているのは「西洋レイキ」の流れをくむ流派

世界ではかなり知名度の高いレイキですが、日本本土での認知度はイマイチ。

(日本では多くの方が無宗教で、「目に見えるものしか信じない!」という人も多いせいでしょうか…)

でもセルフケアの重要性が叫ばれている今、今後日本でも広まっていくんじゃないかなと(*^^)v

 

では本日はここまで!最後まで読んでくださってありがとうございました。